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カルトvsカルト

安倍首相の強気を支えているものは…

そのうえ、自民党の相棒である公明党は創価学会というフランスではカルトの認定までされている新興宗教に支えられた政党。報道によれば、党内人事も池田名誉会長の意向が強く反映されるというし、いわば宗教組織の政治部門だ。NHKの開票速報に出た太田代表は、冒頭、司会者からの質問を無視して「創価学会の皆さまありがとうございました」と言った。誰はばかることなく、創価学会に支えていただいている公明党を宣言したようなものだ。

端からみると、罪を犯せばカルト、罪を犯さなければ霊的。それをゴールデンで放映する”カルト”。フランスがカルトと認定した人々が出演する”カルト”。

Amazing Grace

ひさかたぶりにテレビの画面に目をやると、本田美奈子さんが映っていた。AC公共広告機構のCM、曲はAmazing Grace。思いかけず、涙が床に落ちた。それに気づいておどろいた。ファンではない。ただ、訃報を耳にしたとき、三人称の死として心にとめておかけなかった。年齢か。でも、若くして鬼籍に入った人たちは他にもいる。

なぜだろうかと頭の片隅へやる。そして、そのまま、よし、散歩へ行こうと家を飛び出し、いつもの桜の木へむかう。目に飛び込んでくる情景を見つめながら、「今日はなぜこの景色に目がいったのか」を確認しながらそぞろ歩く。
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僕が歩く道で使う「こだわり」

「僕が歩く道」を毎週視ている。レインマンのDVDも視た。いまだに視てしまう。「隣人が自閉症」という方々からすれば、僕が歩く道もレインマンも理想と希望がカウントされた描写なのだと愚考する。私の周りには自閉症やその兆候をもつような人がいない(私が気づいてないだけもあるだろう)。でも理解したいから見聞する。なぜ理解したいのかを自問すると小学生のときにからかわれた一言に行き着く。

小学生の頃から紙を半分に折ったり四つ折りにするとき、完全にぴったりになるまで何度も何度もやり直してしまうこだわりがあった。で、その仕草を視て、先生だったか、何かの機会で会った人だか覚えていないが、「そういうことするのは自閉症の傾向があるな」と言われた。自閉症の意味がわからなかったとはいえ、口がいくぶん右につりあがった笑みと音感から「ほめられているわけではない」と受け取った記憶がある。もちろん今からふり返っての記憶だから造成されていると思う。
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目は口ほどに物を言うを気づいていない

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めはくちほどにものをいう【目は口ほどに物を言う】

情をこめた目つきは、口で話す以上に強く相手の心を捉える。

広辞苑 第五版 (C)1998,2004 株式会社岩波書店

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「目は口ほどに物を言う」はどちらかというと肯定的な意味なのでしょうか。ただ、今回は少し否定的な意味で使います。目だけにかぎらず、「身体は口ほどに物を言う」と置換してもいいかもしれません。

私が歯科医院のスタッフの方々や組織のなかの方々に何かを話すとき、全員が「向き合う」わけではありません。たいてい一人か二人は上の空です。誤解のないように申し上げると、善悪是非でもないですし、それによって私の気分が悪いわけではありません。ただ、そういう場面に遭遇するとき、「この人は自分の目が"無関心"と信号を発している事に自分で気づいてない」と自戒を込めて察します。
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仕事以外の仕事の話

15ミニッツ コレクターズ・エディション仕事以外で仕事の話をブレインストーミングしたらどうなるのか空想したりします。例えば、両手は観てしまった『15ミニッツ』をまた飽きもせず鑑賞している時、自分なら何を感じとって、それを伝えるかと考えたりします。ちなみに、私は悪癖がありまして、コレと決めた映画を何度も観てしまうのです。内容を話すだけなら感想になってしまうので、そうじゃなく、内容よりも、現象にフォーカスをあててみる。この映画も内容を尋ねられると、「う〜ん、まぁ中の上の下」ぐらいしか答える程度なので。

ロバート・デ・ニーロ主演のサスペンスアクション。米N.Y.を舞台に、視聴率のために過激な映像を追い求めるメディアと、それを利用し名声と金を得ようとして起こされた凶悪犯罪、そしてそんな歪んだ欲望に立ち向かう刑事の活躍を描く。

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「疑問を抱いた人」と「疑問を抱かなかった人」の行動の結果に目をやらない

茂木健一郎先生のクオリア日記の今日のエントリー、思い切りgeekで、space cadetでいいんだけどが私に問いかける

「気付き」のメタ認知を通して、人間はどんどん変わっていく。学習という視点から見ると、どんな経験も楽しめる。一生、完成型などない。創造的と言われる活動分野においても、99%は学習である。残りの1%に独自性のインスピレーションが宿る。

少し誇張すると、「気づきとは一体何だ?」ということをニュートラルな時間にいつも考えている。いや、「考えている」というよりもずっと意識しているほうが体感的には近いかもしれない。

先日、打ち合わせをしていたとき、先方がグループ会社社員のある言動を話してくれた。抽象的な表現になって恐縮だが、話の内容は以下。
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聴けない私

昨日大阪へゆく。ミーティングに参加させてもらったのだが、いまの自分を如実に表したふるまいとなった。いまの自分とは何か?

聴けないわたしがいる。

帰りの車中、なぜ聴けないのだろうか自問自答してみた。いくつか切り分けないといけない要因(技術と心理など)はあるけど、端的に「自分の能力のなさを自分が素直に認めていないからだなぁ」とまとまる。

というのも、昨日出席させていただいた歯科医院のスタッフのみなさんはどなたも優秀である。「優秀である」と評するのが僭越なふるまいだろう。とはいえ、ほんとうにそう感じる。で、そういう方々を前にしたとき、「ああ、わたしが穴埋めできる点はないなぁ」とわたしは得心する。正確には「私が提供できる役割がないのかもしれない」とこましゃくれる。その途端、聴けなくなる。なぜ途端にフリーズするのか?

こたえはわかっている。「自分の役割を提供できないほど自分の能力がない」と素直に認められれば、虚心坦懐に「質問できる」のだと思う。が、それができないのは、何かしら「虚栄をはりたい」という気持ちがひそんでいるからだろう。その「虚栄」が時にぬうっと顔をだす。それを感じるのだが、なかなかうまくとりはらえない。とりはらえないままだから、先方から質問されたとき、あらぬかぎりの勢いで「自分の言いたいことだけ」を主張する。だから同じことを何度も何度も話す。3分で話せる内容を15分かける。尋ねられたことの「答え」をだらだらと話す。
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書けるとき書けないとき

ブログを書いていると不思議な気分におそわれる。毎日書くつもりが書けない。自分のリズムなら毎日書けるよな、っと思う。でも身体は準備できても頭がついていかない感じ。「絶対毎日書かなければ」系mustに追い込むと気分は鬱。なので、「まぁ、どうでもいいや」ってスタンス。お気楽。でも、一応PowerBookの前に向かう、1日1回。すると、「ああ、書けるな」とか「やっぱり今日は書けないや」がだんだんわかってきた。

書けるときは何をしていても書ける。例えば、電車や自転車に乗ったり、スタバにいるときとかニュートラルなときの他に、本を読む、DVDを観る、CDを聴くなんて意識が「書く」に傾いていないときでも「あっ、そうか。コレ書こう」って浮かぶ。

「浮かぶ」と書いたのはイメージ。書けるときは、「頭の中に文体と展開がそっくりそのままふわぁと現れる」みたいな。単語が次々おもいついて文章になるのではなく、調子こくと、「いきなりできてるやん」って自己満足も年に数回あったりする。そんなとき、「これは一体なんだ?!」と首をかしげる。

いかがでしょう?
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監視される24時間テレビ

24時間テレビ。もう何年もお目にかかっていない。先週の土曜日、京都の新京極だったかに通りかかったとき、「あっ、そうかここは24時間テレビの募金かぁ」と脳裏によぎった。今年で29回目、1978年に始まったらしい。当時になくて今あるもの、インターネット。数年前のインターネットになくて今あるもの、YouTube

あらためてなんだかスゴイことになってるなぁと思う。もちろんネットの片隅で蠢動しているのであって、みんながみんな知っているわけではない。それでも、「切り取られた映像」が無造作にネットに「置かれる」ありさまを眺めると、「もうテレビはいらなくなるなぁ」ってなんとなく実感する。24時間みなさまにテレビを放映しますじゃなくて、24時間みなさまから監視されますみたいになってる。たとえば、コレ。耳をすませば、音声ミスでアンガをこきおろしている芸人?!の声が聞こえる。エゲツナイ。

絆 〜Kizuna〜

続いてアンガを応援したおばさんが日テレのスタッフにどなられている巻。

[HAPPENING] 100km marathon’s staff shouts to the old woman
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See you again?

This day comes every year. I can never forget August 18.

Happy birthday to you.

I met you, and spent wonderful time.
But it does not meet for a long time. Don’t you think so?
I wonder what you are doing now.

Can I see you again? or Can’t you meet again?
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