[Review]: 定跡からビジョンへ

『定跡からビジョンへ』 羽生 善治, 今北 純一

スリーパーズに、少年院の先生が「モンテ・クリスト伯」をShakesにプレゼントするシーンがある。その時の言葉が「自分の本をもつといい」。その言葉が自分にはあてはまった本。

今北純一氏と羽生善治氏の対談。今北氏は、欧州系コンサルティング会社CVAにつとめるトップコンサルタント。これだけだと味気ないが、経歴をみるときらびやか。エグゼクティブを地でいってる。一方、羽生氏は言わずとしれた方。1996年に将棋界史上初7大タイトルをすべて独占という偉業を達成。

対談の内容は、

  • 第一章 世界から見た日本の常識
  • 第二章 なぜ構造改革ができないのか
  • 第三章 ヨーロッパに目を向けよう
  • 第四章 現状打破のための大局観を持て
  • 第五章個人としてミッションを立てよ

という、いたってシンプルな章立てで巷でころがっているタイトル。が、読み始めると止まらないし止めたくない。ミッション(自ら挑戦すべき目標)をバックボーンにしながら二人が天衣無縫な知的トークをくりひろげる。

企業戦略論、企業文化論、日欧文化比較論、人材育成論、自己マネージメント論、将棋の思考・技術・情報論、意志決定論など落ち着きがない(笑)

言葉が平易でわかりやすいので、まるで祇園や木屋町にある隠れた小料理屋の料理を堪能するような感じ。プロの料理をじっくりと堪能することもできるし、味オンチならあっさりと食べてしまう。それだけ、食べる側(読者)の力量や感覚に左右されるのでしょうな。

今北氏は、トップコンサルタントらしく「話題」をビジネス一般論に置き換える。なので人によっては、「評論家的」という評価も下される。個人的には、ちがうんじゃないの?と反論。

まぁ、欧州企業のトップとキッタハッタで勝負するなら、「戦略論」の一つぐらいかるくまとめてトークできないと、コンサルタントとしてまともに相手してもらえんのではいかと。今回も、その”癖”がでただけでしょう。

それよりも恐るべきは、羽生氏。この人の知的好奇心と教養はどこまでおよぶのかと鳥肌もの。さらに、インタビューアーとしてもウマイ。

今北氏がビジネス一般論として経営用語を交えながら話すと、羽生氏がそれを咀嚼して将棋の世界や他の業界の例えを引用しながら比喩としてオウム返し。コミュニケーションの技術は秀逸。ヘタな「聞き上手的本」を読むよりもエッセンスがある。

例えば今北氏が日本と欧州のディベート力の比較について、企業組織論を用いながら延々と続ける。すると、最後に羽生氏が

日本人はこれまで、「和を尊ぶ」ということで長い間やってきたわけです。夏目漱石が『草枕』で「知に働けば角が立つ。情に棹せば流される。意地を通せば窮屈だ」という社会ですから。

とかえす。「編集か?」と一瞬うがった見方をした自分を恥じながら、心の中でファンタスティックと叫ぶ。

こんなやりとりが続く。格言ゴロゴロ、心中ワクワク、脳内アセアセの読破爽快。