[Review]: 論理ノート

論理ノート

『論理ノート』 D.Q.マキナニー, 水谷 淳

D.Q.マキナニー。ノートルダム大学、ケンタッキー大学などで哲学と論理学を教える。ロジカルシンキング系の本ともいえるけど、どちらかというと論理学の内容が多分に含まれる。+αとして、悟性をもつために必要な要素を明示。非論理的な感情的感想を一言で述べると、「第二・三部を乗り越えると、後光がさしてくる」、挫折との闘いが強いられるかもしれない本。

頭がいいのに論理にさえないのは、明晰かつ効果的な思考する能力が習慣として表れていないだけ。原因の一つに、論理的な環境での教育が不十分だったのだと。本書は、論理を学ぶための入門書的位置づけ。

  • 第1部 論理的になろう
  • 第2部 論理の基本を知る
  • 第3部 論証をきちんと組み立てる
  • 第4部 なぜ非論理的思考に陥るのか
  • 第5部 論理思考のための28の鉄則

論理的になるには、

  1. 言葉に敏感になり、言葉を効果的に使うコツを身に付ける
  2. 私たちが生きている世界の現実を尊重する
  3. 自分の考えていることと、実際に起こっている事実との関係を意識する

1.は、論理と言葉が密接に結合しているから。2.は、論理は現実に関するものだから。3.は、論理は真理に関するものだから。

例えば、今、目の前にネコがいる。ネコがいるという”客観的事実”、その事実を主観的に再現した”観念”、その観念を他者に伝える(コミュニケーションする)ために当てはめた”言葉”(「ネコ」という名詞)。人間の知識は、この3つの基本的要素で構成される。

そして、大切なことは、現実のネコ(客観的事実)が存在しなければ、観念も、観念を表現する言葉も存在しない。

人はコミュニケーションするとき、客観的事実を心の中で主観的に再現した観念を言葉で表現する。つまり、観念と言葉を一致させることが、コミュニケーションにとって最も重要なことになる。

では、自分の観念を言葉にして意志を効果的に伝えるためにはどうすればいいのか?

  1. 明確に説明していないのに、聞き手があなたの言いたいことを理解できたと決めつけない
  2. 完全な文で話す
  3. 評価を含む命題を、客観的事実に関する命題であるかのように扱わない
  4. 二重否定を避ける
  5. 使う言葉を聞き手に合わせる

と、まぁ、書いてあることは平易なコトバなんだけど、内容がこむずかしというか哲学的なニオイがする。特に、第二・三部は、論理学のタームがバンバン登場する。もう、論理ノートというよりも論理学ノート。全称命題、特称命題、前提、結論、同一律、排中律、矛盾律などなど…etc。なんつーか、数学の「集合」あたりが得意だった人は、理解の度合いが違うだろうなぁって。

個人的には、第4部と第5部が参考になった。というのは、本書の購入時点での読む目的が、「ロジカルシンキング的ハウツー」を習得したかったから。それが、第4・5部に盛り込まれていると思う。今は違って、「論理学」をかじりたいって思ってるけど。

あと、次のくだりが印象に残った。

賢明な心の広さとは、何に対しても見境なく心を開くことではありません。白黒つけるべき状況に対してあいまいな態度をとるのは、正しくありません。また、すべてに寛容になるのは、意味がありません。そして純粋に現実的な観点から言って、真理を探すには、調べるべき領域を慎重に限定し、無駄な時間と労働力を費やさないことが必要なのです。(本書 P.115)

読了して、ザクッと言ってしまうと、ようは、論理的に思考するとき、特にコミュニケーションのときは、「曖昧さを排除し、感情的にならず、結論を導き出すこと」を心がけろって感じかな。となると、情趣にとんだ日本語のあいまいさや、日本人の思慮深さが、時には、コミュニケーションを遮ってしまうのも、諒とできるわけで。複雑な気分。「バランスですな、何事も」って、バカ丸出しでしめくくっとこ、ハッハッハッ(汗

「開いた心は開いた口と同様、いずれは何かをとらえて閉じることになる」(G・K. チェスタートン)