[Review]: 熱狂する社員 企業競争力を決定するモチベーションの3要素

部下も社員もいない私がレビューするのは僭越だが、「人材育成に王道なし」があらためて理解できた。タイトルの割にはごく当たり前のことが平明に記述されてある。「人が仕事をするうえで」の「仕事」に限定したとき、熱狂する社員を育てるのに必要な要素は3つ。それは、「公平感・達成感・連帯感」である。人材のモチベーション理論を扱った本はあまたあれど、それらには書き手の専門分野をよりどころにした断片的記述が散見される。俯瞰できていない。他方、本書は俯瞰する視座の獲得をめざす。厖大な質的調査にもとづいた結果から浮かび上がってきた3つの要素。その解説が本書にぎっしりと詰まっている。

要するに、事業の収益性とは、短期の金儲けだけでなく、長期の収益性を支える主なステークホルダーすべてと健全な信頼関係を築くことである。会社が追求すべきは、自発的なサービスを買ってくれる顧客、持てる能力すべてを会社に注ぎ込んでくれる社員、真の「パートナー」としての自覚を持ったうえで最高の資材を納期どおりに納入してくれる仕入先、会社の合法的な事業利益を力強く支えてくれる地域社会なのである。

『熱狂する社員 企業競争力を決定するモチベーションの3要素 (ウォートン経営戦略シリーズ)』 デビッド・シロタ P.154

上記を愚見として置換してみる。

—–要するに、医院の収益性とは、短期の金儲けだけでなく、長期の収益性を支える主なステークホルダーすべてと健全な信頼関係を築くことである。医院が追求すべきは、自発的な医療を受診してくれる患者(来院者)、持てる能力すべてを医院に注ぎ込んでくれるスタッフ、真の「パートナー」としての自覚を持ったうえで最高の資材を納期どおりに納入してくれる技工所(または材料)、医院の合法的な事業利益を力強く支えてくれる地域社会なのである。—–

現場感覚とは乖離した置換だろうか?多少当てはまる部分もあると思う。経営の要諦はここにあると愚考した。そして、社員は自らの立場で”それ”を見ている。もちろん、社員のなかには「自分の価値観に固執する」者もいる。ゆえに人材育成に労力を注いで糠に釘もありうる。時に人員整理もやむを得ない。しかし、それが企業の一方的な思惑によるリストラならば、すでに衰退の道を選択している。リストラには原則がある。

  • リストラに至るまでに、代替策をつくす
  • リストラが不可避のときは、まず希望退職者を募集する
  • 寛大で、道徳にかなうやり方でリストラを行う
  • リストラに至るプロセスのすべての情報を開示する
  • 残った社員への悪影響を最小限にとどめる

誤解なきようにしておくと、本書はリストラを推奨したり「ありき」で人材論を展開しているのではない。ただ、「本書のとおりにすれば社員のモチベーションは格段にアップする」的ハウツー本は、リストラと向き合おうとしない。その点、本書はリストラについてきちんと説明している。それを私は多とした。

本書の記述にあるとおり、「そもそも人間は所属する会社や同僚に害をおよぼす行為など望んでいない」。しかし、それとは逆の事が現実に起こっている。ではそれがなぜ起こるのか?

  • 職場で日頃積もり積もった欲求不満の結果
  • 経営者や管理職が人を資産と考えない
  • ごく少数の社員の無関心層が管理職に労働者の性悪説を植え付けている

といった「ドグマ」に左右されている。このドグマに組織が汚染されると、社員は情熱を持てない。情熱を持たない社員は会社と私を分離しはじめる。そして自分の報酬を自ら査定する。査定結果を超える価値を創出しない。すべてが「私」のなかで取り引きされる。悪循環が生まれる。

これらを解決するには「言葉」だけでは足りない。本書が最後にこうしめくくっている。

パートナーシップに基づく組織は、リーダー、特にCEOが、現在の姿だけではなく将来の姿を予測する先見性を持ってはじめて現実のものとなる。そのためには、人間の性質への洞察力やパートナーシップの理念を伝える説得力だけでは不十分である。それを具体的な経営方針や日常的な経営慣行に落とし込むためには、長期間にわたって取り組む忍耐強さ、勤勉さがなければならない。変革を成し遂げるには、考え方においても行動においても、社員を「盟友」として扱わなければならないのだ。同P.300

私が引いた下線部に自ら問う。では、「忍耐強く勤勉に取り組む行動とは一体何か?何を社員に示すのか?どのように接するのか?」

答えはない。しかし、「何か」を本書は与えてくれている。それに「気づく行動」をとれるかどうかが私に問い返されてくる。