「伝える」のではなく「伝わる」—–「伝え方」を学ぼうとして目から鱗が落ちた。
世の中の多くの人たちは、技術は「伝える」という動作を正しく行いさえすれば必ず「伝わる」と信じています。ですから、正しく伝達するために、伝える動作に様々な工夫をして磨きをかけるのです。しかし、残念ながらこれは誤解なのです。
『組織を強くする技術の伝え方』 P.52
表題の「技術」は、「知識やシステムを使い、他の人と関係しながら全体をつくり上げていくやり方」を指す。では、そもそもなぜ技術を伝える必要があるのだろうか?
AからBへ技術を伝えることで活動が継続できたり、別の場所で新しく始めることができる—–これが問いの答えとなる。技術には先人の経験と思考が含まれている。それを手っ取り早く自分のものとして取り入れて使う。
ただし、「技術は絶えず変化するもの」であることを意識しておかなければならない。一見、同じものに見えても周囲の環境によって常に変化している。それを意識していないと、正しく伝わらない。正しく伝わらないと、事故を引きおこす。
また、技術が伝達されないと、過去の経験の積み重ねを一切使えない。さらに技術を進歩させるために必要な情報が完全にとぎれてしまう。すると、組織全体の技術力を向上させるスピードが急速に鈍化し、組織に致命的損害を与える。
では、技術を「伝えるもの」なのだろうか?
技術というのは本来、「伝えるもの」ではなく「伝わるもの」なのです。結果として相手の頭の中に伝えたい内容を出来させることができなければ意味がないし、そうでなくては伝えたことにはなりません。このときに伝える側が最も力を注ぐべきことは、伝える側の立場で考えた「伝える方法」を充実させることでありません。本当に大切なのは、伝えられる相手の側の立場で考えた「伝わる状態」をいかにつくるかなのです。同P.53
伝える側が、教材やOJTを駆使して必死に伝えても、結果として伝わっていなければ「伝えた」ことにならない。ところが、伝える側はそれで「伝わった」と読み違える。
ここで読み手は二つ疑問が浮かぶ。
- 「伝わった」とはどういう状態なのか?
- 「伝わらない」のはどうしてか?
この二つの疑問を予想していたかのように、本書は図入りでわかりやすく説明している。まさに「伝わる」が「わかる」。私がわかるを鉤括弧でくくったのは、わかるも関わってくるからだ。
「伝えるもの」ではなく「伝わる」ところに本書の要諦がある。さらにもう一つユニークな主張をしている。それが、「技術そのものを伝えるだけでは技術は伝わらない」というパラドックスを含んでいる点。
海外の担当者に技術を伝える場合、以前は教育の担当者が現地に赴いて技術を教える方法が主でした。それが最近では、現地工場のキーになる人を日本に呼び寄せて研修を行うケースが増えています。この大きな理由は、現場の「気(雰囲気)」も含めて伝達することにあります。同P.31
歯科医院の先生方から「どうすればミーティングがうまくいきますか?」と問われると、私は「わからない」としか回答できない。ただ、よくよく耳を傾けると、「気」を把握していないケースがある。そして、他の歯科医院の成功事例をそのまま取り入れようとする。模倣を否定しない。しかい、自らの「気」を練り上げずに方法だけ導入してもなかなか事はうまく運ばない。
そして、今、私は「よくよく耳を傾ける」と書いた。「傾聴」する言う。まず「なんのために傾聴するのか」という根源的な問いが欠落しているのではないかと疑う場面にときおり遭遇する。
そういった観点から本書を読むと、ひと味違った「伝わる」があり、何度も読み返したく一冊だ。
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