読了後、「あらためて感謝しなくちゃね。最大の目標となる人が同世代であることに」と、ワクワクしてしまった。「平常心でいること」と「ぶれないこと」の難しさに感情移入し、見えないところで細かく努力するけど、それを誇張しない「慎み」を学んだ。
著者は日経新聞ニューヨーク特派員の朝田武蔵氏。野球はズブの素人。2003年1月、ヤンキース入団会見で、「ニックネームは何がいいですか」という質問に「ゴジラがいいですね」と答えたのが二人の「出会い」である。
今年は苦しい戦いが続きました。プレーオフに敗れた後、武蔵さんと二人で会った時のことです。彼の質問は「最後のバッターになって、今、何を思うか」というものでした。悔しさをかみ殺して、僕が質問に答えると、なんと目の前で、彼が泣いていました。「どうしたんですか?」と、逆に僕が驚いてしまうほどでした。『ヒデキマツイ』には三十一歳のありのままの自分が描かれています。「凪」から「凜」まで、善十章を読み終えたとき、あなたも、きっと彼の涙の理由が分かるはずです。『ヒデキマツイ』 ヒデキマツイから読者の皆さんへ
朝田武蔵氏からみた"ヒデキマツイ"を、大リーグ1年目から昨シーズン終了まで書きつづっている。本書は、ヒデキマツイの頭の中を覗き見できるような感覚に陥らせてくれる。その礎になっているのが、朝田氏の"ユニークな質問"だ。
- お父さんの宗教は、あなたにどんな影響を与えたんですか
- 5打席連続敬遠の後、本当はどこかで泣いていたんでしょう
- メジャー入りは昨晩一人で決めたという東京会見の言葉はウソじゃありませんか
- 今、幸せですか
また著者は、「もう少し勉強してきたら(55番曰く)」と思われるほど、野球についてあまりに素朴な質問をするので、ヒデキマツイの「野球理論」が野球っぽくなくなっていて、とてもおもしろい。読み手の仕事にトレースできる。
読みすすめていくと、ヒデキマツイの記憶力に感嘆の声をあげてしまうが、それ以上に驚愕するのは、「松井的思考力」である。
打撃という日々の仕事で犯したミスを、まるで数値データでも処理するかのように、「教訓」と「感情」の二つの項目に区分けし、感情の情報だけ、その日のうちに、廃棄処分できてしまうところにある 同書P.125
さらに愚見をのべると、バッティングについて「心・技・体」のうち、「心」を磨くことに注力している点だ。
打てないのは、技術不足よりも己の"油断"や"先入観""早合点"といった「心のすき」に原因があると考える。そのすきを分析し、ヒデキ脳に入力し、「教訓」する。
「分析→入力→教訓」のプロセスに、"後悔"や"責任感"など「感情」が入らないのである。
さらに興味深いのは、ヒデキマツイが「非常に合理的思考」の持ち主という点だ。"体がきつければ休む""今より打てるなら右でも打つ"といった発言にかいま見られる。別の見方をすれば柔軟に発想している様がうかがえる。
そして、柔軟に発想していくと思えば、「芯を変えない」力強さがあり、一種の頑固さを備えている感もしないではない。
「ここまで僕の心の内側に迫った本は初めて。31歳のありのままの自分がいある」とヒデキマツイ自身がいうように、ありのままのようにも読み取れるし、まだ「松井秀喜」を演じているようにも感じる。
「ヒデキマツイ」と「松井秀喜」がいっぱいつまった魅力満載の書籍だ。
「試合は、せいぜい三時間、長くて四時間ぐらいです。それ以外の二十一時間をいかに試合のために過ごすか。これが本当に大切なことです。それで大事な三時間が決まってくる」 同書P.173