diary

善縁

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2011.12.01 曇

師走がスタート。今朝はThe BeatlesからAll You Need is Loveでお目覚め。落ち込みかけているのでのんびり聞く。

12:00からM先生のミーティングへ出席。いつもは19:00スタート。今回ははじめての試み。来週は忘年会で私は欠席、なので年内はあと1回。じっくり考えて答えを出そう。Sさんに申し訳ない結果になるかもしれないけれど。判断ってほんと難しいね。

13:00に終了。お腹がグゥグゥ鳴っている。心斎橋までがんばれ。ロッテリアでランチ&アップルストアのGenius Barへ。MacBook Pro 15inch(Late 2006)の左ファンの調子がおかしいので症状を説明する。

症状を説明している単語のチョイスを聞いて「あぁこの人は、ry」とスタッフさんは察してくださったご様子。スムーズに修理決定。ハードウェア診断の結果、バッテリーが経年劣化しているのであわせて交換してもらうことに(バッテリーの料金はアップルの電話サポートで聞いたときと違った。確か以前にTweetしたと思う)。

直営店のGenius Barとアップルの電話サポートって対応が違うなぁ。気のせいかしら。検索してその理由を最近知った。なるほど、そういうことなのね、納得。これからはGenius Barへ持ち込みます、なるべく。

書店で“暇と退屈の倫理学” 國分 功一郎 を購入して読み始める。そうか、暇と退屈は違う、確かにね。言葉の意味を吟味して定義を書き換えていく思考を体感。体感してもできない。これが”差”だよなぁ。同世代として理解できる文体。とんがっている文体。

19:00からF先生のミーティング。先生曰く、濃密な議論でしたとこと。ただし、しんどいですよね。K先生がおっしゃるとおりです。いま議論していることを文章に出力しなければならないとしたらむずかしい。Tさんのおっしゃる点も共感できます。Tさんにとっては未体験の思考領域かもしれない。

自分の知性をフルスロットルさせる感覚がもたらす高揚感と疲労感は尋常じゃない。知性にかかる負荷と向き合えたら次のステージがやってくる。そのステージは技術と表現の拡張をもたらす。技術の箱の体積は増加して密度が高くなる。表現のバリエーションが富む。そんなふうに私は考えています。

人の好悪を選ばない、意見の正邪好悪を選ばない。ゼロベースに近づいていく、他者の具体的な視点を抽象的な視座へ昇華させる認識と実践の試行錯誤。結果に対する全体の省察。

1時間超のミーティング。F先生を観察していて”凄み”に圧倒された。

正法眼蔵随聞記 六 十五 人の心元より善悪なし

正法眼蔵随聞記 ちくま学芸文庫 P.377

善縁にあえば心は善くなるし、悪縁に近づけば心も悪くなる。人の心ははじめから善悪があるわけではない。人の心はどこまでも人の言葉によって左右されるものだと思う、とおっしゃる。

リーダーのたちいふるまいが書かれている。そう読んだ。

リーダーがあるべき姿、ありたい姿、あってほしい姿を自律的に示せなかったら? まわりは魅了されるだろうか? リーダーは学びに飢えているだろうか?

尊敬する作家の先生が書いていらっしゃった。うろ覚えだけど。「勉強しなさい」という親が勉強していないのにどうして子どもは勉強するだろうか、と。親が大人を楽しんでいないのに子供は大人に憧れるだろうか、と。

自己評価が高く他者評価が低いという人のことをなんというか。それ自体に関心はない。自己評価が高く他者評価が低いことを自分自身が認識していない己に常におびえる。おびえすぎれば自己憐憫である。はざまでいつもゆらいでいられるか。いられなければとてもとてもコワイ。

自分は勉強しているけれど他人は勉強していないという思い込みは、その人のふとしたときにもれる言葉からかぎとれる。ということは自分もそんな汚臭を他者へ発している。

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