diary

詩より高く飛ぶことはできないだろう

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2013.02.04 曇

今朝は Etta James – The Fool That I’m でスタート。なぜかわかりませんが、最近、数十年来の Northern soul 熱が再発して、コッチ系を聴きながら酒と読書にあけくれています。学生の時に足を踏み入れて以来だから、そんな記憶をひっぱりだすってことはちょっと精神はマズイ気配であります、たぶん、そんな自覚。

読書がかわってきた。詩や短編を読む。理由はわかる。物語を追う集中力がみるみる低下している。駄目だろうと思いつつ、流れにまかせている。詩がおもしろい。

週末、ふらっと入った書店で “自選 谷川俊太郎詩集 (岩波文庫)” 谷川 俊太郎 が目に止まり、中身に目を通さずレジでiDした。twitter の bot? から流れてきた言葉

脱力して読む。溢れ出る言葉、零れる言葉。言葉であるけれど絵のような情景。思い浮かべる。どんな状況で浮かんだのか。

琵琶湖

05:00から06:00の間、自分の生活が発する音を自分の耳で聴く。ひとりで動いているだけでもいろんな音が聞こえる。お水を飲むときの音、お皿を出そうとして他のお皿とふれたときの音、ナイフで切るときの音、そして音楽そのものの音。

いままでならまったく何も気にならなかったノイズが気になり始めた。生活のノイズが五月蠅くない。でも、外から入ってくるノイズは五月蠅い。我が儘だ。自分の身体を動かして発する音がおもしろい。どうしてそんな音なんだ?! 音が聞こえた、数秒後にさっきの音を記憶の中で再生して、カラダとノイズのライヴの観客になる。

数秒遅れのライヴ。

音と記憶がずれてやってくる。カラダとサウンドとライフがいったんバラバラになる。私がひとつひとつ拾い集める。拾い集めて彷徨う感じがなんだか心地よい。

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