diary

生の濃度がちょっぴり高い

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2013.10.02 晴れ

[youtube:http://www.youtube.com/watch?v=xXH1kPjBux4]

Muff – Black Moon でスタート。ラジオで知った。インスト。ジャムファンク系バンドって言ってたな。ジャンルはわかんないけど、とにかく音が好き。ずぅっと流してる。

火曜日、午後から京都へ。打ち合わせ。久しぶりにお目にかかる。ウェブサイトについて60,70分ほどお話しを伺う。否、こちらがしゃべりすぎた。16時前に終わって、三条から京都駅まで歩く。帰りながら話を再生する。自分の頭は悪くなっている。下り坂転がり落ちるみたい。

頭が悪くなるのはしょうがないけれど、問題は頭の悪くなり方。誰かに迷惑をかけるのは始末に悪い。再生しながら、そっち方向へ転がり落ちてるなぁと自覚、実感。物理法則どおりなら、どんどんいくぞ。

さておき、スマートフォンからアクセスがホントに増えている。スマートフォンの出荷台数の伸び率からしたら妥当にしても、全体のアクセスの半数を超えるのが早すぎる印象。次世代のデバイスか革命的なウェブサイトが開発されないがり、減少には転じない。

ウェブサイトについて「観念」的な議論はそこそこに切り上げないといけないフェーズにさしかかっている。「走りながら考える」感じ。スピード感、という言葉すら単語遊びに聞こえるから、何はともあれスマートフォンでアクセスしても閲覧に耐えられるコンテンツを再構成しなければならないサイトはこれからどんどん出てくると思う。

小説に登場する人物の言葉が肺腑を衝くと、筆者の代弁と誤解してしまう。小説を読んでいてたまにある誤解。物語を展開させるために必要な言葉にすぎないと受けとめらない。物語から言葉を取り出してリアルな自分の生活へ投影させる。

筆者が自身の思考を代弁している言葉もあるのでしょう。反対に筆者の思いと正反対の言葉もあるはず。でなければ、キャラクタはモノトーンだ。

こんなふうに思うのは、駄文を書いて、Twitter や IG へポストするようになったからかな。すべてがすべて本心じゃない。だけど受け手はすごくリアルに受信してくれる。幸い、それでトラブルになったことはない。神経質にならずにすんでいる。あんまり気にせずポストしている。

でも、フォロアが多い方は息苦しくなるときもあるんじゃないかなぁ。

ちょっと前の気持ちと少し先の感情。過去の気持ちと未来の感情のピースをはめて、いまの情感のパズルを組んでいる。

フローズン生みたいに、今飲まないと美味しくないようなリアルタイムの感情をそのまま仮想空間へ投じにくい。苦手。私には「生」の濃度がちょっぴり高い。

一つの大きな無意識の情動(みたい)な塊があって、ナイフで少しずつ削る。削り落ちたものが、過去と未来が混在した感情だ。それらを拾い集めて自分もわからないカタチを語彙で包む。

そして削り落とされて現れるものは何だろう? 「感情」の作品。そんなイメージで文章を書いたり、さえずったり、写真をポストする日々。

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