東大で教えた社会人学

東大で教えた社会人学―人生の設計篇東京大学工学部機械科で実際におこなわれた講座、『産業総論』の講義内容をもとに、実社会で生きていくために必要な知識を大学の講義形式で取りまとめた『社会人学』のテキスト。テキストのなかの講師は草間俊介氏。同大学工学部機械工学科を卒業後、理系出身にもかかわらず商社へ就職し、1991年に独立開業。2001年には税理士事務所開業するという異色の経歴。

東大で教えた社会人学―人生の設計篇 草間 俊介 (著), 畑村 洋太郎 (著) 文芸春秋

『産業総論』は、失敗学で有名な畑村洋太郎教授が、「社長になれる技術者」を育成したかったという動機で生まれたのがきっかけ。ゆえに、産業や技術の象牙の塔になるのではなく、人の動き、組織の動き、経済の動き、金の動きなど幅広い視野で社会全体を捉えられる人材育成を目的としている。講義のテーマは、『技術者に必要な社会常識と経済常識』。

そして、その講師役として適任だったのが草間氏。同じ技術系出身の先輩社会人が自らの体験談を交えて進める講義形式をとっている。

本書が扱うテーマは、実に幅広い。

  1. 働くことの意味と就職
  2. 会社というもの
  3. サラリーマンとして生きる
  4. 転職と起業
  5. 個人として生きる
  6. 人生の後半に備える

の6章で構成され、それぞれのなかに、政治・経済・税金・所得・住宅・結婚と離婚・会社と個人・老後・介護・相続など全部で32項目ついて述べられており、まさに社会常識と経済常識を学びたい学生に人気があった講座だったという畑村教授の前説には頷ける。

個々のテーマを紹介するとキリがないので、草間氏と畑村教授の言説を自分なりに咀嚼した本書全体の特徴を3つにまとめてみる。

  1. 全体をとらえ構造化できる時代認識能力をもつこと
  2. 過去の成功体験を捨て、時代に対応したデザイン力をみにつける
  3. 独立した個人を確立させること

本書は、草間氏の実体験にもとづいた「経験知」によって書かれているため、アカデミックな言説と違い、それぞれのテーマに対する「ナマ」な考え方が散見される。東大生の就職について、「東大出身=エリート=社会のリーダー」という構図をもっているのも、その一つと言える。

このあたりは、ハーバードからの贈り物と同様、まず前提が、「社会のリーダーであり、エグゼクティブになることが約束されている」ところにある。

それでも、個々の草間氏の主張や意見、物事のとらえ方はとても参考になった。特に、1.の「全体をとらえ構造化できる時代認識能力をもつこと」は、自分も意識して考察できようになりたいと思う。

例示すると、少子高齢化の未来について。草間氏は、推計人口分布図を持ち出して、「どのような社会経済になるのか仮説をたて、それと現状の社会制度の問題点を自分で分析し、どう個人として対応するのか」を紹介する。

一つの見立てであるにしろ、たった一つのテーマから、時代認識を拡散させていくあたりは、「頭のいい人」っていう見本なのかもしれない。

あと、草間氏の講義内容もさることながら、32項目のそれぞれ最後に、畑村教授のコメントが掲載されている。こちらのほうも(が?)、理系思考の妙趣を味わえる。

最後に個人的に印象の残った教授のコメント。理系思考と関係ないけどご容赦を。

我々の学生時代、理科系の学生が実験に明け暮れて必死になって勉強しているときに文科系の学生の多くは麻雀屋に通っていた。当時は、「遊んでばかりでろくなもんじゃない」と横目で見ていたが、あんなタバコの煙が充満した不健康な部屋で麻雀牌をかき混ぜていた連中がそれぞれの世界で偉くなっている姿を見るにつけて、「もしかして、アイツらは麻雀をやりながら人をたぶらかす秘訣や、勝負度胸を養っていたのかな」と思うのである。

ある意味、本質かと綻んでしまった。偉くなっていないけど、麻雀で飯をくっていた自分からすると、的を射ているかも。政治家に麻雀好きが多いって聞いたような聞いていないような…..。