本書が想定している読者は、広義の理科系のわかい研究者・技術者と学生だ。また、ここでは、他人に読んでもらうことを目的とする文章だけを取り上げている。理科系の人に限定すると、他人に読んでもらうために書く文章(=仕事の文書)には、答案・レポート、原著論文、解説、構造説明書などがある。他方、理科系の限定をはずせば、他人に読んでもらうための文書は広範囲にわたる。その代表として、小説・戯曲・詩、手紙などがある。
では、それらの文書と対比したとき、理科系の仕事の文書はどのような特徴をもっているのか?
物理学者で、独自の発想で知られるロゲルギスト同人の著者が、理科系の研究者・技術者・学生のために、論文・レポート・説明書・仕事の手紙の書き方、学会講演のコツを具体的にコーチする。盛りこむべき内容をどう取捨し、それをどう組み立てるかが勝負だ、と著者は説く。文のうまさに主眼をおいた従来の文章読本とは一線を劃し、ひたすら明快・簡潔な表現を追求したこの本は、文化系の人たちにも新鮮な刺激を与えるにちがいない。『理科系の作文技術』
その特徴は、読者に伝えるべき内容が事実(状況をふくむ)と意見(判断や予測をふくむ)に限られていて、心理的要素をふくまないこと。事実に知識をくわえた情報と意見だけの伝達を使命としている。
理科系の仕事の文書をそのように定義すると、書くときの心得は
- 主題について述べるべき事実と意見を十分に精選し、
- それらを、事実と意見とを峻別しながら、順序よく、明快・簡潔に記述する
と要約できる。
本書は、上記1.と2.の要約文に納められた”単語”の意味を解説しているといえる。その理由は目次から推察できる。目次は、
- 序章
- 準備作業(立案)
- 文章の組立て
- パラグラフ
- 文の構造と文章の流れ
- はっきり言い切る姿勢
- 事実と意見
- わかりやすく簡潔な表現
- 執筆メモ
- 手紙・説明書・原著論文
- 学会講演の要領
の大項目と、各大項目のなかの中項目・小項目から構成されている。この目次をパズルのピースとして、要約文にはめこむと、次の絵ができあがる。
- 1ー2が <主題>の選定方法
- 3ー5が<順序よく>
- 6と8が<明快・簡潔に記述する>
- 7が<事実と意見>
目次を眺めるだけでも、「盛りこむべき内容をどう取捨し、それをどう組み立てるかが勝負だ」という筆者の主張がうかがえる。
主観的な感想を述べると、「デスクにおいて、辞書のように引きたくなる一冊」だ。特に参考になった点は、以下の3点。
- 事実とは何か、意見とは何か
- 文の構造について
- わかりやすく簡潔に表現する技巧
米国の小学5年生が使っている教科書に、以下の設問がある。
- ジョージ・ワシントンは米国のもっとも偉大な大統領であった。
- ジョージ・ワシントンは米国の初代の大統領であった。
『どちらの文が事実の記述か?もう一つの文に述べてあるのはどんな意見か?意見と事実はどうちがうか?』
理科系の仕事の文書で記述される「事実」と歴史の「事実」や心理的「事実」の説明———-意見には「推論・判断・意見・確信・理論」が含まれる解説———-を一読して、自分が事実と意見を混用した駄文を書いていると自覚した。
2.文の構造については、英語と日本語の論文を対比させ、構造上の相違を言語学的視点もふくめて指摘している。それは、日本語のもつ情緒と修飾語(日本語は前、英語は後)の関係にある。
英語では、日本語の文章だとここは読者が自分でおぎなって読んでくれるだろうと飛ばしてしまいそうなところでも、くどいほど明白に考えの道筋を書く習慣である。[…..] 英語の論文でも、読者の予備知識を予想して論理の鎖の環をはぶくことがないわけではない。しかし、「明白でない」よりも「くどい」ほうをよしとするのが英語国民の感覚である。同P.77
明白でないのは、「はっきり言い切る姿勢」をよしとしない民族性にあると考えられるし、日本語がもつ豊富な修飾語が、「簡潔に表現する」ことを妨げているともいえる。
ただし、本書の内容を仮にブログで実践しようとすると、筆者が指摘するように、稚拙な印象を与えたり、無味乾燥なテキストになってしまう可能性はある。
「簡潔かつ論理的につたえること」と「読み手に情感あふれる様をつたえること」、この二つの均衡をどう保つか———-頭の片隅において引っぱり出しては考え、実践し、頭の片隅にしまい熟成させていくテーマをまたひとつもらった。
というわけで、このレビューは、事実と意見を混用した稚拙で無味乾燥なテキストだ、と証明するために書かれたのである…..orz