報道が医療の崩壊を手助け

システムの問題であって、医師やスタッフの方々の不手際じゃない。年末年始関係なく前線で激闘してくださっている。報道はそろそろ気づいているはず。自分たちがミスリードさせた結果、今、現場は未曾有の不信に包まれていることを。でもやめない。週刊誌のような見出しが跋扈。

搬送1時間:5救命センターに断られ、男性死亡 東大阪

救急隊が同10時33分に事故現場に到着。西村さんは胸を強く打って危険な状態だったが、5カ所の救命救急センターが受け入れを断った。6カ所目に同府吹田市の府済生会千里病院併設の千里救命救急センターが受け入れを了承。救急隊は午後11時に現場を出発し、11時35分に西村さんを同センターに運び込んだ。河内署の話では、西村さんは事故直後「大丈夫」と話していたというが、搬送後の3日午前1時40分過ぎ、大動脈損傷による出血多量で死亡した。

収容に1時間、事故男性死亡 5救命センター拒否 大阪

西村さんの長男(27)は、搬送先の病院の医師から「到着時に意識がなく傷は心臓に達しているため、手術が難しい状態だった」と説明を受けたという。「近くで受け入れてもらえなかったのは悔しいが、正当な理由があるのなら、あきらめざるを得ない」と話した。

遺族の方々にとってどのような事由であれ身近な人を亡くすのは絶望の淵に立たされる。ただただ手を合わせるのみ。

毎日と朝日を比較。朝日は自重した印象を受ける。少し冷静になって、死因を事故の因果関係から説明しようとするあがきが。他方、毎日はというと、西村さんは事故直後「大丈夫」と話していたというがのくだりがあざとい。

報道はなぜ伝えようとしない。医療体制が崩壊に向かっている中、本来受診する必要もない人が来院している事実に。視聴者を批判する勇気をもたない。

「長寿であること、健康であること」が信仰の対象になった。宗教よりも手強い。アンタッチャブルな”神”を創造した。メディアが。

長寿であること=数値、健康であること=数値。すべてを否定しない。だが、一歳でも長く生きようとすることに”だけ”腐心する、あるいは一キロでも軽く、一パーセントでも低くくと体重計にのる。

報道が医療の崩壊を手助している、それを報道自身は気づいている。なのに止めない。そこに「何か」がある。