星の王子さま

星の王子さま (新潮文庫)

大人、それも30代半ばで読んだ。

いま読んでいる少年少女、青年がうらやましい。やわらかい思いつきのままで読める。一生に一度の時機を逃していないから。太陽を青色に火を桃色に塗れるようなとらわれない感性。

まだ読んでいない大人にもうらやましい。もぎたての果物を口にしたような感覚、一生に一度しか味わえない「はじめて」をこれから味わえるから。

飛行機がサハラ砂漠に不時着した。生死の問題に直面した僕の前に、王子さまは突然現れた。砂漠の真ん中に。

死の危険にさらされた僕と不思議な雰囲気の小さな男の子。二人が過ごす一週間。王子さまの星のこと、これまでの旅、地球で出会ったものたち。小さな星で一日に四十四回見た夕陽。悲しくてたまらないとき、夕陽が見たくなる。

飛行機の修理にせわしない僕へ王子さまは顔を紅潮させて言った。

「もしも誰かが、何百万も何百万もある星のうち、たったひとつに咲いている花を愛していたら、その人は星空を見つめるだけで幸せになれる。<ぼくの花が、あのどこかにある>って思ってね。でも、もし花がヒツジに食べられてしまったら、その人にとっては、星という星が突然、ぜんぶ消えてしまったみたいになるんだ! それが重要じゃないって言うの!」(星の王子さま (新潮文庫) P.39)

大事なこともそうでないこともいっしょくたにする。大人たちは忙しいから。「海か湖の近くにある小さな平屋でね、一本の木があって、窓から夕陽と木を見ながら過ごんだ」と話すより、「最寄り駅徒歩○分、○坪、○千万の家だよ」のほうが想像しやすい大人たち。

他人を裁けるけれど自分をきちんと裁けない宇宙の君主がいる星。いちばんハンサムでおしゃれで金持ちと称賛してほしい大物気取りの男がいる星(住人は彼だけ)。実業家の星の男は5億個以上の星を正確に数えて毎日を費やす。数えて管理して星の持ち主になり金持ちになれるから。一分に一回自転するどこよりもいちばん小さな星では、男がガス灯を一分ごとに消したり灯したりしている。

七番目に訪れた地球。王子さまはキツネと出会った。

「きみにとってぼくは、ほかの十万のキツネとなんの変わりもない。でも、もしきみがぼくをなつかせたら、ぼくらは互いに、なくてはならない存在になる。きみはぼくにとって、世界でひとりだけの人になる。ぼくもきみにとって、世界で一匹だけのキツネになる……」(同 P.100)

待ち合わせの時間より1時間はやく着けば、時間が進めば進むほどうれしくなってくる。時が近づけば近づくほど、そわそわどきどきしたり。もうくるかな、どんな顔でやってくるだろう。それが幸せ。

キツネが教える時間の過ごし方、”だけ”というただ一つへの気持ち。

そしてキツネはとても大切な秘密を王子さまへ教えた。

秘密にふれたときの衝撃。衝動。何度読み返しても、「はじめて」をふたたび体感できそうにない。

王子さまと僕に訪れた別れのとき。

「夜になったら星を見てね。ぼくの星は小さすぎて、どこにあるのか教えられないけど。でもそのほうがいいんだ。ぼくの星は、夜空いっぱいの星のなかの、どれかひとつになるものね。そうしたらきみは、夜空ぜんぶの星を見るのが好きになるでしょ……ぜんぶの星が、きみの友だちになるのでしょ。今からきみに、贈り物をあげるね……」(同 P.132)

大事なこととそうでないことをごちゃ混ぜにしない。あなただけに贈りたいと思えばこそできること。

いちばん大切なこと。

大切をずっと中心におく。大切を感じられれば、心を忘れない。